pachiko_shikako’s blog

 まあ、タイ映画でも観ますか。

「クリサナカリの呪い」のナゾ。

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これまで「ラブコメ」「歴史大河」という2つの柱を持つドラマとして『運命のふたり』を紹介してきましたが、それらに加えて外せないのが「ファンタジー」という要素です。

思惑が絡み合う歴史の流れを「タイムスリップした現代の女の子」が泳いでいくというストーリーは当然ファンタジーなわけで、そのタイムスリップの原因となるのが「クリサナカリの呪い」です。

 

「クリサナカリの呪い」って?

ドラマを観られた方はご存知だと思いますが、「クリサナカリの呪い」とは

「殺された人間の魂が、自分を殺した人間に仕返しする」という呪いです。

もう少し詳しく言うと、

殺された人が生前身につけていた布を媒介にしてその霊を呼び出し、加害者を探し出させ、呪い殺させる

というものです。

第1話でチャンワが乗った舟を侍女ピンに命じて転覆させたカラケー。結果、チャンワ本人ではく、泳げなかったチャンワの侍女ダエンの命を奪ってしまいます。屋敷の人々は皆カラケーが犯人なのではと疑い、クリサナカリの呪文を使って真実を確かめようとします。

 

タイでのクリサナカリ

のほほんと日常を過ごしている日本人の私にとってはファンタジー極まりない話ですが、この「クリサナカリの呪い(タイ語でモン・クリサナーカーリーมนต์กฤษณะกาลี )」という言葉を検索してみると、「クリサナカリの呪いは実在するか否か?」という記事がたくさん出てきます。タイのyhoo知恵袋的な質問サイトPantipでもこのことが質問されていたりします。

これ、どういうことかと言うと、タイでは日本以上に呪術的なものが日常の中に存在しているということ。

呪術を使って病気を治す職業の方がいたり、お坊さんが起こした奇跡なども一般に信じられているものがたくさんあります。呪いや聖なる力が日本よりずっと身近にあるわけです。それであの「クリサナカリの呪い」のシーンを見て「これ本当にあるんだろうか…」と思う人も多かったということ。

この疑問への回答としては、原作小説の著者であるロムペーン氏が「創作である」と明言しています。(『運命のふたり』の原作は2009年に出版された小説なのですね!タイトルはドラマの原題と同じ『ブッペーサンニワートบุพเพสันนิวาส』です。)

当時は「クリサナカリの呪いをかけてあげますよ」と言って悩んでいる人から高額なお金を取るという詐欺も起こったようで、「クリサナカリの呪いは小説の著者の創作です!詐欺に引っかからないように!」なんていう注意喚起もされていました。

 

「クリサナカリ」ってなんなのよ

さて、のほほん日本人の私はハナからファンタジーだと思っていた「クリサナカリの呪い」ですが、気になったのは「クリサナカリって一体なんなのよ」ということ。

ちょっとタイ語っぽくない気もするし、どこから出てきたものなのよ、と。

調べてみると、単純に言葉の意味としては「クリシュナ+カーリー」でした。ヒンドゥー教の神様、クリシュナ神とカーリー神ですね。

仏教のイメージが強いタイですが、日本にいろんな宗教があるようにタイにも仏教以外の宗教が根付いています。特にヒンドゥー教の前身であるバラモン教はタイにおいて歴史が古く、アユタヤ時代には王の権威づけのために利用されたという面もあります。(仏教と違いバラモン教では階級が重んじられるため)

ナライ王の名がヴィシュヌ神を意味したように、王の名前にもバラモンの神々の名が使われました。

またタイに現存している呪術の多くはバラモン教に由来するものだとも言われています。

 

じゃあなんでクリシュナとカーリーなんだ

ドラマ『運命のふたり』において最重要とも言えるこの呪文に、なぜクリシュナとカーリーの名が付けられているのかという疑問ですが、結論から言うと

「こちらで推測するしかない」

ということ。

明確な回答らしきものは見つけることはできませんでした!

 

 

 

…と書いてしまうといわゆる「いかがでしたか記事」みたいになっちゃいますが、この呪いを理解する手がかりになる記事を見つけたので、せめてそれを紹介したいと思います。

www.matichonweekly.com

この記事は美術、考古学分野においてタイ最高峰とされるシラパコーン大学のAssistant Professor(日本でいう助教ですかね)、コムクリット・ウイテッケンKomkrit Uitekkeng先生による記事です。専門分野はインド哲学ヒンドゥー教現代社会における宗教など。メディア露出も多く、自身のYouTubeチャンネル(お料理チャンネル…?)も持っているユニークな先生です。

 

タイのヒンドゥー教専門家による見解は?

参照記事は結構長いので、ちょっと要約してみました。

コムクリット先生によると、

 

✅インドには敵を傷つけるための呪いが存在する

ヒンドゥーの4つのヴェーダ(経典)の最後のヴェーダ「アタルヴァ・ヴェーダ」は呪術について書かれたものである

✅アカデミックの世界では「アタルヴァ・ヴェーダ」は土着の民間信仰からの影響が強いとされている

バラモンの僧侶が「アタルヴァ・ヴェーダ」にある「呪い」を公の儀式で使う機会は少なく、他のヴェーダほど知られていない。一般的に知られているのは民間信仰の呪術「タントラ」に分類されるものであろう

✅タントラの神々はカーリー、ドゥルガーなど女神であることが多い

✅タントラはヒンドゥーの女神崇拝の宗派と強く関連している

✅自分が探した限りでは、ヒンドゥー教におけるマントラで「クリサナカリ(クリシュナ・カーリー)」というものは見つからない

 

✅クリシュナというのは神の名前以外に「黒い」という形容詞でもある。カーリーという言葉も「黒」を表す

✅おそらく小説の作者であるロムペーン氏はその呪文を不思議なものに見せるために「黒魔術」を想起させる名前をつけたのだろう

✅カーリーが破壊と死の女神であるということだけではなく、「カーリーバーン・カーリームアン」というタイの言葉をイメージさせるためにその名を使ったのではないか

    ※カーリーバーン・カーリームアンとは生まれながらに周りに不幸をもたらす凶運の持ち主のことを言います

 

✅「カーリー女神のマントラ」と「クリシュナ神マントラ」は実在するが、それらは決して人を殺すような呪いの呪文ではない。2つは別々のものであり”クリシュナカーリー”のマントラではない。そしてこの2つのマントラはごく少数の弟子にのみ伝えられるものである

 

✅実はカーリーはヒンドゥー教以前の土着の神で、自然界の凶暴さを表している

✅クリシュナはカーリーの生まれ変わりだとする宗派もインドの一部に存在する

✅その宗派では「カーリー・シヴァ」夫妻と「ラーダー・クリシュナ」ペアの愛はお互いに影響する互換性を持つものである

✅クリサナカリの呪文について話していたのに、突然インドのロマンティックな伝説の話になってしまったなオーチャーオ(ぱちこ注:マジでこう言って記事を締めてます(笑))

 

とまあ箇条書きにするには項目が多いというか長いですが、記事自体がホントにこういう感じなのですね。

おそらく大衆向けの記事なのであまり深い話は書かれていないのだと思いますが(タントラについてもいろんな意味を持つのでここでは割愛します、と書かれています)要は「専門家から見ても言えることは上記のようなことである」ということです。

 

ドラマ後半(13話)で出てくる「クリサナカリ」

いかがですか?ぼんやりと「クリサナカリの呪い」の姿が見えてきましたでしょうか?

あの、ここまで調べてみて私、1つ気になることがあるんです。

「クリサナカリの呪い」って後半にもう一回出てくるんですよね。

呪文の書に触れて気を失ったカラケーを救うべくデート様がもう一度jum..

いや、

その内容に触れる=ドラマの核心に触れるので詳しいことは書けませんが、最大の謎が解けるあのシーンに繋がるアレです。

みんなその時のこと忘れてません?

あ、忘れてないですか?

そう、後半のシーンでは「殺戮の神カーリーの力を借りて…」的な術じゃないんですよね。人を呪い殺す云々の話じゃなくなっています。そこのところ、どうなんです?てことなんですよ。

 

勝手に考察します!

ここについてはメディアによる記事が見つけられなかったので、先程のコムクリット先生の記事を支点にしてもう少し調べてみました。

そしてそこから私が勝手に考察します!

 

カーリー信仰におけるカーリー神

カーリーは殺戮と破壊の神というイメージが強いですが、カーリー神を信仰する宗派の人々にとっては生命を与える存在であり、死の恐怖を与える存在でもある「母神」です。カーリーという名には「黒」だけでなく「時間」という意味もあり、時間を司る神だとも言われています。母なる神が誕生から死までの時間を司っているということですね。

デート様のおでこの印

もう一つ注目すべきなのは、この呪文が再び登場する13話ではデート様の額にU字のマークが描かれるということ。これ、クリシュナの特徴の一つなのですよね。クリシュナの絵には、おでこに必ずUマークが描かれています。ヴィシュヌ神の化身であることを示す印なのだそう。

1話で初めて「クリサナカリの呪い」が実行されたとき、デート様の額にこの印は描かれませんでした。つまり、13話ではクリシュナの力がメインとなっている?

クリシュナは「愛の象徴」とされています。うーむ、デート様がクリシュナ神の力をお借りする的なこと?

チーパカオ師のセリフ

と、ここで一つ思い出したことが。第14話でのチーパカオ師のセリフです。アユタヤから去るというチーパカオ師とカラケーの最後の会話で、師はデートについてこのように言います。「生まれ持った魅力で誰からも好かれる。敵も彼を攻撃することはできない」。これって、クリシュナの特性とピッタリ重なるんですよね。これは意図して描かれていると考えて良いのではないでしょうか…。デートの人物像はクリシュナのイメージと重ねて描かれている、と。もちろん私の勝手な推測ですが。

勝手な考察のまとめ

以上をまとめますと、「クリサナカリ=クリシュナ・カーリー」の呪いにおいて、1話ではカーリーの怒りと殺戮の力を借り、13話ではクリシュナの愛の力を借りたと考えるのが自然なのではないでしょうか。また、人間の誕生から死までを司るカーリーの力を借りて現代とアユタヤ時代に生きる人間の時間を行き来することができた…とも考えられます。

 

まとめ

専門家の先生を持ってしても最終的には「作者ご本人に聞くしかないね」とのこと。おそらく作者による種明かしのようなものも無いと思われます。

ですが、ここまで調べてきたことを自分なり推測してみると、「カーリー神とクリシュナ神の力を借りる呪文」であり、第1話ではカーリーの、血を好む、殺戮の象徴としての力を借り、後半では生と死、時間をつかさどる神としての力を借りる。また、そこへ辿り着くためにはクリシュナの愛の力が必要である、ということなのではないでしょうか。

そして、もしかするとコムクリット先生の記事にあった「クリシュナはカーリーの生まれ変わりである」とする宗派の考え方も関わっているかもしれません。「怒りが愛に生まれ変わった」というのはこのドラマのテーマの一つではないだろうか?と思ってしまうのです。

まあ全ては想像でしかないんですけどね!

 

ヒンドゥーの神様に詳しい方からの「その神様の解釈は違う!」等のご指摘も大歓迎です!

 

おまけ:タイの定番黒魔術!

タイで伝統的な黒魔術として有名なのが「パオプリック・パオクルアの黒魔術」

パオプリック = 唐辛子を燃やす

パオクルア = 塩を燃やす

という意味です。

色々と細かいやり方があるようですが、それは置いておいて、とにかくこの2種類を燃やして恨みを晴らすという黒魔術があり、実際に行われることもあるようです。(ただ、かなり深い恨みや憎しみがある場合のようですね。簡単に行われるものでは無いようです。)

ドラマなどではわりと定番のやり方のようで、日本で言うところの「藁人形を打つ」みたいな感じのようです。(それよりもっと現実的かも)

ドラマの「クリサナカリ」でも塩と唐辛子らしきものを燃やしていますよね。1度目は白い塩らしき物質をチョイとムアン(ホラ様のお付き)がガンガン火にくべていますし、2度目はデート様が唐辛子らしきものに火を点け燃やしています。どちらもはっきり何を燃やしているかに言及していませんし、映像的にもちょっとぼやかしている印象すらありますが、なんにせよ、あのシーンを見たタイの方々はそれが黒魔術であるというリアルなイメージを持ったと思われます。